2014/07/01

愛の捧げ方

天空の神と大地の女神は 互いに愛し合うあまりに常に寄り添っていた子どもたちは、

天と地が狭い事に悩み、2人を引き離そうと力合わせ

ついに天と地の間に星々を置いた。

そして最も明るい星シリウスをタヒチの上に、青白く燃える星スピカをサモアの上に、

赤く燃える星アルクトゥルスをハワイの上に置いたのだった

〜古代ポリネシアの伝承〜


幸せの星



M)
 冒頭でりえちゃんが読んでくれたのはポリネシアの伝説でした。

R)
 そうです、アルクトゥルスの伝承。ポリネシアンのお話でした^^

M)
 ハワイ語ではアルクトゥルスのことを「ホクレア」って言うんだってね。

R)
 幸せの星って意味らしいですよー☆

M)
 ホクレア号っていう、カヌーのプロジェクトがあるの、ご存知?

R)
 いえ、分からないです。

M)
 あのね、ハワイって太平洋の中でぽつんとあるでしょう?ハワイの人たちって、元々はタヒチから移住して来た人なんだって。
地球儀で見るとタヒチって南太平で、赤道を越えてハワイがあるの。そのハワイに向けて、手彫りのカヌーでだよ。羅針盤もないし!冒険家野郎どころの騒ぎじゃない。女も子どももだよ。
 そんな航海術に長けた能力者がいて、そんな特別な能力を持った人たちの事をハワイでは『カフナ』って呼ばれているんだって。つまりはシャーマンのことね。
 ハワイの文化ではカフナには4種類あって、一つはいわゆる呪術的なジャンルのカフナ、二つめは航海術とかのカフナ。あとは政(マツリゴト)に携わるカフナ、そして素敵だなーと思ったのが『モノづくりのカフナ』がいるんだって! 

R)
 職人ってことですね。

M)
 モノを作るってすごいことだよね、クリーションって言う意味以前に、言葉遊びになるけど物を憑けるっていうことだと思うの。憑依するの憑く。だから「モノづくり」って魂を込めるとこだと思うんだ。
 ちょっと話がそれたけれど、タヒチの人たちがハワイに移住するに過程では、航海術のカフナさんが大活躍したんだね。その人たちは、星を読み、潮を読み、大地を流れを読む人たちだったんだけど、そうやって全てのタヒチの人たちが、移住した後に、カフナ同士が内紛したらしい。それで政治のカフナが航海術のカフナを抹殺してしまったんだって。航海術士がいなくなれば、そこから他の大地に誰一人移って行く事が出来なくて、大海の孤島に閉じ込められた。その後アメリカはハワイを占領したんだよね。
 この件で面白いのが、アメリカはクリントン大統領の時にハワイの人たちに占領してごめんなさいって、公式に謝罪した事があるんだって。それをきっかけに、ハワイの独自の文化が復興運動をはじめたんだね。例えばどんな事をしたかっていうとタロイモ作り。日本で言ったら稲作って感じみたいなのね。ハワイの島々って真ん中に高い山があって、東と西とで気候が全然違う。東側はたくさん雨が降るんだけど、元々の人々は東側に住んでいて、谷に川が流れていて、その川の下流の方で畑を作ってタロイモを育てていたんだね。  
 その後アメリアが占領して、分水嶺をせき止めて西側に水を引いて西側の開発が進んで東側は川が枯れてしまった。タロイモが作れなくなったハワイの人たちは、西側の開発された土地へ出稼ぎにいったんだって。それでタロイモの食文化が衰退してしまったのを先ずは復興しようと、90年代以降活動が行われて来てた。
 というところで『ホクレア号』の話に戻るんだけど、絶えてしまった航海術も呼び醒まそうっていうことで、カヌーを作って『ホクレア号』と命名したんだってさ。

R)
 『幸せの星号』ですね。

M)
 そうそう。
 でも自分たちの元々の文化は伝承されていなくて途絶えているから、太平洋の島々、ポリネシアの人たちに教えを請うて、プロジェクトチームが結成されてホクレア号の乗組員を募集しているらしいんだよね。 

R)
 なんですか、その楽しそうなプロジェクト!

M)
 そうなの!ハワイから横浜までカヌーで来たりしてるんだよー!

R)
 へーー!すごい技術ですねー! 
 つまりは航海術が戻って来たということですよね! 

M)
 そうだろうね、DNAにも宿っているのかな。同じ血を引く文化の民族が、細々と伝えていたって話でもあるんだろうね。

R)
 ステキですねー^^



魔女とシャーマン


R)
 ホクレア号の話も素敵だったんですけれど、カフナの話が気になりますね。 
 日本にも不思議な力によって、物作り、未来を見たり、祈りを捧げたり、巫女っていますよね。

M)
 そういうりえちゃんも巫女みたいなお役目が回って来ているらしいじゃないですか^^
 最近はミツバチって呼ばれているらしいね!

R)
 そうなんですよ、こっちの花から、あっちの花へて受粉させるみたいに、情報を届けて繋げている・・・そんなお役目みたいです、私w

M)
 素敵だねー可愛くっていいなーミツバチなんて。私は魔女扱いだからねー
 そうそう、魔女とシャーマンの違いって何だろうって考えたことがあってね。

R)
 あはは、なんだろう? 大枠は一緒な感じしますけどね。

M)
 私が思うに、魔女は横に飛ぶの。シャーマンは縦に飛ぶの。w
 魔女はホウキに乗って水平に、横に。でも、シャーマンは違う次元を行き来するでしょう?だから縦っていうか垂直軸なのかな。見た目も魔女の方は空を飛んだりしてダイナミックなんだけど、シャーマンは内側でなにか行っている感じ。  

R)
 なるほど、横と、縦。。。
 3次元的な力か、異次元的な力かってことですね・・・w

M)
 そうそう!だから、わたしも縦にいこうとおもうの。
 そのかわり、パッと急にいなくなるかも知れないけど許してねw

R)
 わかりました。
 ラジオ収録中にぱっといなくなるとか、ありそう。。。w

 

  七夕伝説

天の帝の娘、織姫は、
子どもの頃から外にも出ず機織りに明け暮れる仕事熱心な娘でした。

織姫の折った布は、それはそれは美しく、
五色に光り輝いて、季節が変わるごとにいろどりまで変わるという特別な品でした。
それを皆が愛でるのが嬉しくて、
織姫はまたせっせと機を織り続けるのでした。

けれど、織姫は年頃になっても化粧をせず、
自分の身なりにも構わず機織りに明け暮れているので、
「このままでは嫁にも行けぬ」と心配した帝は、
天の川の向こう岸で牛の世話をする、働き者の彦星へ嫁がせることにしたのです。

織姫と彦星はお互いに一目で好きになり、とても仲の良い夫婦になりました。
ところが、
女性としての歓びに目覚めた織姫は、あれだけ熱心だった機織りを全くしなくなって行き、
働き者の彦星も、飼っていた牛に餌もやらなくなくなって畑の作物も枯れ果ててしまったのです。

見かねた帝は、
「このまま放っておくワケにはなるまい」と
二人を天の川のムコウとコチラへ引き離すことにしました。
互いに姿をみることも叶わなくなって、
織姫は毎日を泣き暮らし、
彦星は家に閉じこもってしまいました。

困った帝は
「おまえたちが前のように毎日まじめに働くのなら、一年に一度だけふたりが会うのを許そう」
と二人に告げたのです。

織姫と彦星は心を入れ替えて、
年に一度の逢瀬を楽しみに、まじめに働き始めました。
織姫はまえにもまして美しい機を織り、
彦星の牛はすっかり元気を取り戻して、畑には豊かな作物が実るようになったのです。 


愛の捧げ方


R)
 七夕ですね。

M)
 この二人はどっちが雨女雨男なのか、雨ばかりだよね。どっちだろうね。

R)
 意外とジメジメ閉じこもっちゃった彦星の方かなーw 

M)
 そうかもね。
 織り姫の方は、自分を捧げきっちゃって仕事しなくなるんだよね? 愛に生きてるってことだから良いじゃん! 

R)
 そうですよねー。愛に生きてるんだから!

M)
 日本にも『鶴の恩返し』ってお話があるじゃない?あれほど、愛に身を捧げ切るってカッコイイと思う。
 スピルバーグの『カラーパープル』ってういう映画で、主人公のウーピー・ゴールドバーグが、虐げられていた奴隷生活から旅立って「I am HERE !」って叫んで自分のを歩むことを決意するシーンがあって、その時に自分の生活の糧にしたのは得意な裁縫だったのね。ズボンを作るの。
 これ、アメリカ版の『鶴の恩返し』みたいに思えるの。自分に与えられた能力を使って、心を込めて相手に何かを提供するっていう。ハワイのモノづくりのカフナとも繋がるとおもうんだよね。心を込めて作るってこと。

R)
 これって、完全に「母性」のなせる業じゃないでしょうか?

M)
 巫女的な力や能力って、決して選ばれし人の才能だとは限らないよね。

R)
 そうですね、全然違うと思います。みんなにある能力だと思います^^

M)
 例えば、毎日の食事を家族のために作っているお母さんにも、すごくシャーマニックな部分があるよね。

R)
 いやーお母さんはシャーマニックですよね。小さい頃、学校の帰りとかに「今夜は餃子が食べたいなー」なんて考えて帰ったら、夕飯が餃子だったとか!ありませんでした?w

M)
 うんうん!

R)
 だから、大事な人とは常に繋がって、分かり合ってしまっている。その能力は、人間にもともと備わっている能力だと思うんです。
 と・く・に、愛する人が出来ると、その能力が過剰に働きだしますよね。






大切なものを守りたくて、 
侵略者と戦う夢を見た。

私は怒りに身を委ね、
武器を取り、
おぞましいほどの残忍さで敵を叩きのめした。

ゆるやかに意識を取り戻すと、

風が部屋を渡って、魂が連れ去られそうに感じた。

醒めたばかりの夢の、
血塗られた生々しい記憶が蘇って、我が身の底の凶暴を呪った。

夜明けの晩の闇の底で、
心があたかい脈を取り戻すまで、
強く背中を抱いて欲しいと願った。

・・・・・・・・・・・・・

闇は 光の母だと聞いた。

日が立って音となり、
その音が門に宿されて闇となるのだ、と。

初め、宇宙は闇だった。
闇から音が零れ光が生まれた。
けれど、科学には光の後しか語れない。
だから、
人は闇を恐れるのだ、と。

・・・・・・・・・・・・・

さて 光は正義なのか?

光には、闇の恐怖を救えない。
何故なら光は背中に影をつくる。 
そして、偽りと真を同じ地平に映しだす。

光に見える闇、闇に見える光。
恐怖とは、光によって演出された幻想なのだ。
それはしばしば闇の姿で訪れる。

夜明けの晩の闇の底で、
真っすぐに見据える眼の力を勇気と呼ぼう。
光を語る者には用心せよ。火を配る者には警戒せよ。
正しい闇へ避難せよ。力ある水を巡らせよ。


光と闇
オトコとオンナ
左と右 
知識と智慧
島と海
種と土 

光も闇も、愛の内側。
意図して愛に背かない限りは。




魔女オビワン vs みつばちルーク


R)
 今読んだ詩もそうだけれど、月と太陽は二極のもので、男性性と女性性みたいに両者は相容れないけれど同時に絶対必要なものだと思うんです。恋愛もそうですね、相容れないからこそ成り立つものですよね。

M)
 その話で思いだしたんだけど、3年前の311の後いろんなことを考えたんだけどね、一つすごく強烈に思ったのは「一人で仕事している場合じゃない!」っていうことだった。その頃今の文章も書いたんだよー。

R)
 うわ、内容と今のこの現状ばっちりさ、すごいですねー。
 でもね、対称的な文章をみつけました。
 「創造的になる唯一の方法は独りで居ることだ」フィリップ・スタルク。

M)
 それね、いつも思うんだけど、コラボレーションするときって「個」が出来てないと成り立たないと思うの。
 「ソロズ」っていう造語があって、「ソロ」の複数形。例えばデュエットで歌うとき、ふたりが対等な力量があるからこそ1+1が2以上のものになる。だから何かコラボレーションするときって、陰と陽の両極があるからこそ豊かなハーモニーが生じる。 
 話を広げると「多様性」の話にも繋がって、各々がそれぞれの個性を発揮するからこそのオーケストレイションというものがあるワケで、一人一人が自分のユニークさを最大限に引き出さない限りクリエイティブには至れないということなんだと思う。 

R)
 クリエイティビティやコラボレーションって、ワークショプとはちがいますからね。

M)
 あの時「一人で仕事してる場合じゃない」と思ったのは、ノーガードで打ち合えるパートナーが欲しいかったんだね。誰かの力を借りようとしたというより、誰かと打ち合いたかったんだと思うんだ。 

R)
 私のボールを受けてみよ!! みたいな感じですね^^

M)
 そうそうそうw 自分がマゾのくせに、いじる時はいじりまくるからねw 
 そう考えると、りえちゃんは『ルーク』で私は『オビワン』だね。w

R)
 やったー私ルークだ!! ルーク大好きー^^

M)
 オビワンはそのうち消えるからねw そしたらフォースで感じてねw

R)
 また消えるの!?
 わ、分かりました〜〜〜>< 



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#1 Master Blaster / Jehro
#2 Ghost Hardware / Burial
#3 Do It Again / Voo Doo Phunk
#4 And I Love Her / LTJ X-Preience
#5 上を向いて歩こう / 渡辺香津美
#6 Love Me Deeper / Love Tambourines
#7 Free / UltraNate
  

羽ラジ

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